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夏が過ぎ去ってゆく...9月。 いつも思い出すのは、遥か昔の時間。 日に焼けた姿で走り回った、子供の頃の風景です。 ちいさい頃から、多分、少し風変わりな子供でした。 ジョウロから流れ出る水を、いつまでもいつまでもただみつめていたり、 折り紙をもらうと、まずは封を開けてすべての色をずらっと床に広げ、 好きな色彩順に並べ替え、十分納得したら再び袋にキチンとお片づけ。 クレヨンや鉛筆、水彩絵の具など手にしたらもう大変。 あまりに夢中になりすぎて、白い用紙の隅から隅まできちんと色塗りが終わるまで、他のことは全く何もできませんでした。 小・中学生になると、先生の話などほぼ耳に入らず、 授業中もただただ窓の外の空を眺めていたり、ノートの隅っこに絵を描いていたり、うっかり眠くなってしまったり、 担任の先生にはよく叱られたものでした。 時間や方向の感覚がなく、夢中になると我を忘れるのは今でも同じですが、 好きなものと嫌いなものの境界線がとてもはっきりとしていた子供だったようです。 大好きなもの。 深い空の青、水の透明な雫 ビー玉、ガラス細工の中に見える陽光 草むらの香り すべすべした石 秋の始まりの、風に乗る金木犀の香り 夕暮れのヒツジの群れ レコード音楽が始まる寸前の静寂 そして針を降ろした瞬間のパチパチする静電気の音 オールディーズ音楽のかすれた響き アンティークの黒電話 古い時計の音 羅針盤 ソフトクリームとクリームソーダ そして...トレニーノ(trenino)。 イタリア語で「トレーノ(treno)」とは電車。 その語尾に小さいという意味を表す「ino」をつけたこの言葉「トレニーノ(trenino)」とは、一回り小さい電車のことです。 イタリア、ギリシャ、フランスあたりでは、よくミニ電車が走っている郊外の街を見かけました。 電車といっても、もちろん線路などありません。 タイヤのついた車の周囲を、おもちゃ電車的に飾り付けたものが連結されて、大の大人を乗せて街中を走るのです。 夏場の海岸線やお城などがある地域では、近隣の街と観光地を結ぶカラフルなトレニーノがよく走っていました。 ギリシャの島々あたりなどでは特に、バスや電車などの交通手段がなにもなく、海辺に出るのも一苦労。 車がないとどこにも移動できません。 そこで登場するのがこのトレニーノ。 水着のまま家を出てトレニーノに乗り、長い砂浜の続く海岸線へ海水浴に。 帰りは海の中から、砂浜を走ってくる電車の姿をみかけると、 ビーチタオルで海水を拭く暇もなく、濡れた髪を振り乱しつつ慌てて飛び乗ります。 なので座席はもちろん、防水クッション付きのビーチ使用。 開放的な車窓に海風が優しく流れ込み、想像以上に快適です。 ただひとつだけ注意しなければいけないことが。 時刻表などない、自由な運転のトレニーノは、帰りが肝心。 うっかりしていると、海水浴で疲れた体に1時間以上の徒歩帰宅が待っています。 そんな自由なトレニーノが、とても、とても好きでした。 日本に帰国して早や数年。 海水浴を忘れ、トレニーノに飛び乗るスリルを忘れ、 1分たりとも遅れない便利な交通機関に体がようやく慣れてきた今日この頃。 ふと、不器用にガタガタと走るトレニーノの感覚を思い出していました。 すると... 伊豆までの山道でなんと!トレニーノが走っているではありませんか! しかも今回は整備された長い長い線路付き。始めての本格的蒸気機関車です! 改札で切符を切ってもらい、客車に向かって子供のように猛ダッシュ。 最前列のポールポジションに座った私の顔は、いつの間にかもうニコニコ。 そんな姿に感動したのか、親切な運転手さんが様々な解説をしてくださいました。 真っ赤に燃え盛る1200度もある炉を開けて見せてくださったり、 使用している機械や、石炭の種類の解説まで! 半日にして、蒸気機関車にすっかり詳しくなってしまいました。 橋を渡り、湖の上をぐるりと回る線路。 トンネルの中の蒸気。 緑の木々に響き渡る汽笛の音...あぁ憧れのトレニーノ! そして汽車が運んでくれた先、それは... 何十年もの年月を隔てて再会した、幼なじみ達の笑顔でした。 小学校の日々を共に過ごし、一緒に走り、笑い、 ちょっぴり涙しながら卒業証書を手に旅立って行った6年3組のみんな。 そして私たちが1番最初の生徒だったという、若い担任の先生。 あの時の笑顔は変わらずそのまま。 でもすっかり背の高くなったみんなに囲まれて、なんだか不思議な感覚に包まれた1日でした。 記憶の奥の引き出しに仕舞い込まれていた、懐かしい思い出の数々。 そんな宝物たちを掘り起こしては、お腹が痛くなるほど笑い転げる私たち。 そしてふと気がつくと、集合から既に8時間が過ぎていて目を丸くしました。 素敵な時間をありがとう。 みんなと出逢えて、本当に良かった。 2017年9月12日 高野倉さかえ