ヒグラシとウグイスの壮大な、そしてちょっぴり不思議なコンチェルトに包まれ、 箱根アトリエもいよいよ夏本番。 涼しいはずの標高800mの森も、今年は少し厳しい暑さに見舞われております。 そんな陽光の眩しいある日のこと。 久し振りにいただいた休日に、山を降りて伊豆方面へと車を走らせました。 人混みを避けて細い山道を登り降り。 まだ通ったことのない道を冒険するように進んでいくと、 そこにあるのは、斜面に沿って段々に広がる壮大な茶畑の景色。 ちょっぴり丸みを帯びた緑の幾何学模様がやわらかく、そして心地よいリズムを醸し出していて、 それはまるで一枚の抽象画のようでした。 そしてまたしばらく行くと今度は一面の水田。 大地を渡る風は、陽光に透ける葉先を優しく撫でてゆき、 さわさわと動く姿はまるで巨大な緑の絨毯。 太陽はここでも眩しく熱く輝いているのに、水田を流れる水音は心に涼しさを運び、 澄んだ水の中を覗き込むと、 親指の爪ほどのちいさなカエルたちが、私の足音に驚いては水田の奥へと泳ぎ去ってゆきます。 そして世界はどこも緑、緑、緑。 数え切れないほど様々な種類の緑が目の前に広がり、 まるで緑色をテーマにした絵画展を訪れているようでした。 箱根とはまた一味違った、緑の夏。 こんなにたくさんの美しい色彩を作り出せるなんて、自然は本当に素晴らしい。 この感動の緑をまた、絵筆で再現しなければと改めて心に決める1日でした。 そんな元箱根アトリエの中には、今ひとつ不思議なものが。 庭からやってきた「都忘れ」という名の淡青色の花です。 なぜ不思議なのかというと... 同じ花がいつまでも枯れずにそのまま残っているのです。 アトリエでは時折、庭の花々を数本切り花にして花瓶に入れているのですが、 なぜかこの花だけずっと元気なまま。 考えてみると、花瓶の水の交換さえしていない。 水位が下がった頃合いを見て、新しい水をちょっぴり足すだけ。 庭植えの都忘れの花は、もう1ヶ月以上も前に全て花を終え、種をつけているのですが、 この室内の都忘れだけは色あせることなく、花びらを落とすこともなく、そのまま。 しかも数日などではありません。かれこれ2ヶ月以上も、花瓶の中で変わらぬ姿を保っているのです。 次の花が開くのではなく、同じ花が魔法にかかったようにそのまま数ヶ月咲き続ける。 こんな切り花は生まれて初めてです。 芦ノ湖では湖水祭の花火が水面を鮮やかに彩り、 遠くから響いてくる祭囃子の音色は、 アトリエ周りの緑の空気をエネルギッシュに染めてゆく...8月の始まりです。 2018年8月3日 高野倉さかえ