午前6時。 ゴーンゴーンガラーンゴローン♫♪ 大音響でふと、目が覚めます。 フィレンツェ。 大聖堂の鐘の音。 少しずつ目覚める歴史深いこの街の、これが1日の始まり。 この国に留学をした最初の年。住まいはホームステイから始まり、ルームシェアへ。 80歳とは思えない元気なおばあちゃんに借りた部屋は、なんとフィレンツェ大聖堂のすぐ脇でした。 ギシギシときしむ、古い木製の大きな窓を開けると、 そこには柔らかな曲線を空に輝かせる大聖堂のクーポラ、 そしてエレガントな姿でシュッとそびえ立つジョットの鐘楼。 そう、まさに絵はがきの景色がそこにはありました。 眺めのいい部屋。 ジェームス・アイボリーの映画がふと鮮やかに蘇り、感動しました。 引越し荷物を一通り片付け、夜、ベッドに入っても、 なんだか嬉しくてニコニコしながら眠りについたのを覚えています。 その翌朝のことです。 ゴーンゴ〜ンガラーンゴロロ〜ン♫♪ ものすごい音響で目が覚めました。 ベッドから飛び起きると、まるで頭のすぐ上で大鐘を鳴らしているような音が、 なんと部屋中に響いているではありませんか。 眠い目をこすりながらカーテンを開け、窓の内側に設置された雨戸を開くと、 ガラス窓の外には空を埋め尽くすような存在感の大聖堂の姿が。 あぁ、そうだそうだ、昨日引越ししたんだっけ。 ようやく動き出した脳が昨日の記憶の引き出しをひとつひとつゆっくりと開けてゆきます。 両手でガラス窓を元気に開き、大聖堂の美しい姿にボンジョルノのご挨拶。 大きく深呼吸をすると、風は異国の香りを運んできます。 なんとなくハーブの香り。どこか遠くにエスプレッソ、そして微かに香水が混じっている。 色彩の鮮やかなこの国は、香りもかなり鮮やかだなぁと思った記憶があります。 それに比べると日本はほぼ無臭に近いほど。 洗剤もなにもかも、柔らかな優しい香りです。 でもこの国の空港に降り立つと、香りはかなり個性的。 そして思います。あぁ、また帰ってきたんだ、と。 「大鐘楼の音でつい早起きしちゃったでしょ?、ニーニ?」 私のことをニーニと呼ぶおばあさんがニコニコしています。 ラヴェンナ郊外から来た隣の部屋の学生も、眠い目をこすりながらドアを開けます。 そんなちいさな、朝の懐かしい思い出が、 大きな鐘の音と共に心に蘇りました。 今日は土曜日。 石畳を走る車の音もほぼせず、 街はまだのんびり眠たいムードです。 オレンジ屋根の大聖堂、サンタ・マリア・デル・フィオーレが美しく輝く、 フィレンツェの街より。 2018年11月24日 高野倉さかえ