暑い暑い季節がまるで夢のように走り去ると 朝の空気が一気に冷たさを増してきます。 眠い目を閉じたまま手探りで開ける窓のカーテン。 伸ばした腕が寒さをキャッチすると、高速で羽毛布団の中へと帰ってくる。 山の生活は、そんな季節を迎えています。 秋は私にとって特別。 1年のうちで一番好きな時間です。 濃厚な金木犀の香りが空を漂い始めると、嬉しくて嬉しくて なんだか意味もなく嬉しくて胸が熱くなるのを日々感じます。 姿が見える前に漂って来る、あの独特な甘い香り。 どこからやって来たのだろうと周囲をキョロキョロ。 お陽さまのちいさな雫のようなあのオレンジ色の花々を探す私のルーティーン。 それは子供の頃から全く変わりません。 そしてこの季節は、アトリエの絵筆もとてもスムーズに動きます。 そのオレンジ色。 金木犀の存在感が強いからか、それともハロウィーンカボチャの季節だからか 秋を思い浮かべる時、私の中に最初に現れるのはふんわりとしたオレンジです。 花々のオレンジ、緑の葉が少しずつつ暖色へと変化してゆくときのオレンジ そして夕暮れ間近の空に現れる、なんとも言えないあのオレンジ。 また町へと向かって山を降りると、豊かに実る暖かな色の野菜や果実たちが店頭を賑やかに飾っています。 農家の皆さんが収穫したての野菜を並べる店舗でも 秋は、バラエティーに富むカボチャたちに思わず見とれてしまう季節です。 そしてある日、ある珍しい風貌のカボチャをジーっと見つめていると、若い奥様に声を掛けられました。 「それ、シチューにすると美味しいですよ。」 聞くと、このタイプのカボチャは煮崩れがせず、甘さもちょうどシチューにピッタリだそうで それからはよくそのカボチャを買うようになりました。 今までよく目にしていたカボチャは緑色。表面がボコボコしているものでしたが そのカボチャは表面がつるっとしていて、オレンジ味を帯びた薄いベージュ色。 見た目はどちらかというと、ひょうたんに似ています。 最初目にした時は、これは一体なんだろう?と思いましたが、実はラベルの名前を見て少し戸惑っていたのです。 「バターナッツカボチャ」 食物アレルギー、特にナッツにアレルギーがある私は 新しい食品を購入する前には特に細心の注意を払わなければならないのです。 細かい文字が並んだ原材料表記を全て読んでチェックしたり、ネットで調べたり。 でもこの日見つけたカボチャは、なんと名前にいきなり「ナッツ」と入っており、躊躇しておりました。 しかし聞くとやはりカボチャはカボチャ。 新しい品種を作った方が、バターのように濃厚でナッツにもよく似たその味からネーミングを選んだとか。 おかげさまで一瞬ダメかと思ったそのnewカボチャ、無事購入することができ、それからは度々愛用させていただいております。 声をかけてくださった女性がおっしゃっていたように、シチューにちょうどよくあう! なぜかあちこちでよく、見知らぬ方々に話しかけられる事が多い私なのですが この日はレシピまで教えていただき、感謝です! カボチャと言えば、トスカーナの田舎町に住んでいた頃にも思い出がひとつ。 大家さんご一家は10月末のこの季節の為だけに、大きな大きなカボチャを育て上げていました。 畑の脇を通る度、成長してゆく見事なかぼちゃを眺めては よくここまで大きくなるものだと感心しながら でもこの大きさではきっともう美味しくはないのだろうと味の心配までしつつ 月末のお祭を待っていました。 そしてある日。 「うああーっ!」 窓の外から何やら大騒ぎなイタリア語が聞こえて来るではありませんか。 どうしたのだろう?と、少し恐る恐る出てみると...悲しげな大家さんの顔が見えて参りました。 もうすぐ収穫の、あの大変見事に育った巨大カボチャが これまた見事に、何者かにパックリとかじられておりました。 「Cinghiale...」 どうやらトスカーナの森の住人のイノシシが、野生の目と鼻をフル活動させながら 全くもって素晴らしいタイミングで、カボチャを美味しく食して行ったようです。 今まで全く現れなかったのに、ここまで大きく育つのを待ってからかぶりつくとは、恐るべしです。 楽しみにしていたカボチャ・ランタン制作は、始める前にあえなく終了。 でも残ったこの残骸から何かできないだろうかと模索する大家さん達。 その隣で「ここまで食べて行ったのだからもしかして結構美味しかったのカモ?」と味を想像する私。 ハロウィーンまであとほんの数日という、ある日の出来事でした。 イノシシ、シカ、アナグマやタヌキにキツネ。 思えば、イタリアでも日本でも 野生動物の豊かな土地に暮らしているような気がします。 秋が深まる毎日。 元箱根の森では、この時期よくシカの声が響きます。 そんなアトリエでは今 セピア色のインクを使ったペン画にも似た、不思議な風景を制作中。 そこにふんわりと重なるオレンジやゴールド、そしてコパーの色彩たち。 アイボリーから始まる何もない始まりの世界に 少しずつ想い出のカタチが現れて来ると、なんだかワクワクします。 そして窓の外では今年もまた 真っ白な秋明菊が風に揺れ、可愛らしい秋のダンスを踊っています。 ひんやりとした冷たさを少しずつ増してゆく山の大気に囲まれて 大きく深呼吸する、静かなしあわせの季節です。 2024年10月26日 アトリエより。 高野倉さかえ