思いのほか雪の舞う日が多かった3月が風と共に去って行き ようやく、ようやく暖かな陽射しのこぼれる月がやって参りました。 アトリエの庭ではキジ助が空に向かって元気に鳴き 窓辺の巣箱にはシジュウカラとヤマガラのカップルがお部屋の内覧に訪れております。 そんなある晴れた日。 久し振りに、伊豆へと向かって山を降りました。 走り行く周囲の風景に目をやると ついこの間まで地味な茶色と濃い緑のバリエーションのみで覆われていた山肌のあちらこちらが 淡い桜色に染まり始めています。 今年も桜の季節がやって来たのだな。 そう感じた瞬間、あぁ、何やらとても嬉しくなります。 車が海辺に近づくと、風の色が変わり 辺りの彩度が少しだけ上がって来るのがわかります。 道端や周囲の家々から溢れる花々の色は箱根山のそれとは全く違った鮮やかさを持ち どんな静かな街角をも賑やかに見せているようにすら感じます。 人気の少ない平日の午前中。 伊豆の西側は道路もとても空いていて、季節の色彩や風を独り占め!といった雰囲気。そこが大好きです。 そう思っていると... ゆっくりと見え始めたちいさな港町に、何やら珍しいほどの人混みがあるではありませんか! 停泊中の船には長い長い笹が何本も聳え立ち、そこに大漁旗のような旗が眩い色彩を放ちながら風になびいています。 この地方のお祭りなのかしら? 珍しい風景に見とれながらシャッターを何回か切り、また車に戻ります。 すると、走り始めた途端、今度は海の彼方から賑やかな歌声が響いてくるではありませんか。 「ちゃんちゃらおかし〜、ちゃ〜らおかし〜🎵 あのこのしゃっつらま〜だおかしっ🎵」 背の高い笹に大漁旗の数々、紅白の幕、大きな鯛や金銀のダルマ様などたくさんのお飾りに彩られたその船には 着物、いや、長襦袢を羽織った、白塗りの顔の大勢の方々が乗っています。 そして不思議な呪文を唱えるように歌いながら、扇子をクルクルと回し 波の上を滑るように走る船上でそれはそれは軽やかに踊っているではありませんか。 その風景はまるで...そこだけどこかの映画の1シーンのようでした。 そう、黒澤明監督の「夢」の世界に、一瞬にして入り込んだような思いです。 和太鼓の音、笛の音色に合わせて、金属製の当たり鉦のような音が弾みます。 そして漁師の皆さまでしょうか、踊っている方々の楽しそうな事! 日常からかけ離れたその一瞬の光景。それは美しい海の夢のようでした。 そして船は、意外と早いスピードでスルスルと私の前を通り過ぎて行き 後には再び、波の音と静寂が訪れました。 帰宅してから調べると、どうやら私は天下の奇祭とも呼ばれる大瀬まつりに偶然出くわしたようです。 しかも今回が令和初! 4月最初の週に出逢った海の歌声と夢のお祭。 幸運な1日でございました。 道端の緑には、生まれたてのツクシが笑っています。 2025年4月12日 春の音色の響き渡るアトリエより。 高野倉さかえ