天空から降りてくる雫に木々が潤い、その緑のバリエーションがゆっくりと霧にとろけてゆく...6月。 アトリエ窓から覗くテラスには、今年もラベンダーがちいさな花をつけ始めました。 その向こうには、弾むように駆け抜ける動物のシルエット。 しばらく顔を見なかった野ウサギたちが、林の中から戻ってきています。 幼い頃、あれは小学生の頃だったでしょうか、玄関先で真白なウサギと出逢ったことがあります。 美しくお座りをしてこちらを見ているそのつぶらな瞳と、数秒間、息を飲むようにみつめ合い、 「ハッ!」と我に返って母を呼びに入ると、もうその姿は消えていました。 「もぅ〜寝ボケてないで早く学校に行きなさい。ぼんやりしてまた転ばないでね。」 草むらも林もない、ごくごく普通の住宅街、そんな動物がひとり歩きしているわけが無いと思ったのでしょうか。 玄関先に立つ母は、ちょっぴり呆れ顔。 一方、慌てて学校に走り出した子供の方は、1日中、幻のウサギのことで頭をいっぱいにして過ごしました。 あれは夢だったのか、それともどこかの家から逃げ出してきたウサギだったのか、 ネコのそれとはまた違った、空に向かってスッキリと伸びたあの2つの耳。 そのシュッとした美しい姿を、今でも鮮やかに覚えています。 遠い昔の、遥か彼方の時の一コマ。 そんな懐かしい想い出との再会が、なぜか多かったこの月。 そう、私が生を受けたこの季節は、時を超えて、昔の友人たちも多く言葉を贈ってくれました。 変わりない優しさで、変わりない暖かさで包まれた、まるでカラフルなキャンディーのようなその言葉たちには、 どんな鮮やかな色でも表現することのできない、尊いしあわせの形がありました。 幻のウサギから...数十年。 いつしか緑に囲まれた私の周辺には、時折ちいさな野ウサギたちが姿を見せます。 全身をバネのようにして、元気に庭を駆け抜けてゆくふわふわの彼らは、 白雲木の花の中、長い長い時をかけてゆく、魔法のウサギのように軽やかです。 2016年6月28日 高野倉さかえ