遠く高い空に向かって目を閉じて 今日も大きく深呼吸。 今年も大好きな季節がやって来ました。 下界より一足遅いキンモクセイが山をどこまでも甘く染めると、 箱根の森は少しずつ、樹々の葉を落とし始めます。 朝の小道。 少し彩度がやわらいだ緑の中に、ある日、トコトコトコっと走る姿がひとつ。 息を飲んで立ち止まり、その姿をじっとみつめる私に、 人間の気配を感じて振り返る、その鮮やかな赤の模様…。 背筋のピッとした、美しいキジのオスでした。 しばらくみつめあい、3歩前進のキジ。 ゆっくりと歩み寄る私。 キジ再び3歩前進。 私もキジに連れられるように歩き始め…。 誰もいない、緑の中の朝。 降り始めの枯葉の絨毯に埋もれた小道に響く、微かな微かな2つの足音は 何故だか一緒に歩くようになりました。 トコトコトコっ。タッタッタ。 トコトコトコトコっ。タッタッタッタ。 気がつくと、一体どのくらい2人、いや、1羽+1人で歩いたのか、 少し歩くと振り返り、また少し歩くとこちらを振り返るキジは、 まるで私を、どこかに案内したいかのようでした。 そういえば昔にも、こんなことがあった! 小学生の頃に住んでいたその場所には、自由に近所を歩き回る、気ままなノラ猫たちがいました。 たいていの場合は、近づこうとすると素早い動作で逃げてしまうのですが、 その中の1匹は、すんなりと私に寄り添ってくるようになりました。 頭を優しく3回撫でて、アゴの下をコチョコチョ。 あまり長居はせず、少し撫でてもらうと喉を鳴らしながら満足げに旅立って行く。 ノラ猫とのご挨拶数分間。 いつしかそれが、猫と小学生の私の放課後の日課となりました。 ですがある日のこと。 いつものように撫でようとすると、猫が歩き出してしまうのです。 3歩進んで、振り向く猫。 そして「にゃ〜」と、ひと鳴き。 「どうしたの?」と近づくと、また歩き出す猫。 「そんなことより、さぁさぁちょっとこちらへ。」 まるでそう言わんばかりの態度です。 猫は塀を乗り越え、幾つか先の敷地へ。 建物とブロック塀の隙間の、大人が横を向いてやっと通れるような狭い空間を 小学校低学年の私と猫は、30cmほどの距離を保ちながらどんどん進みます。 するとその先には…ちいさなちいさな子猫たちが待っていました。 「ピュ〜ぴゅぅぅ〜♪」 「ニャー」にもならないその鳴き声と、ふらふらした足取りの赤ちゃん猫たち。 びっくりして立ちすくむ私の足元に、親猫は満足げにグリグリと擦り寄ります。 「そうかこの子たちを見せたかったんだ!」 たどり着いた秘密の場所で、案内役の親猫と子猫たちを撫でながら、 なんだか妙に嬉しくて、涙が出たのを覚えています。 振り返った親猫の顔もなんだか笑っているように見えました。 あれは何十年も昔のこと。 記憶の欠片が、キュンと胸を切なくする、秋の始まりの朝でした。 庭の片隅では今年もまた、 大地の中から目覚めたイワシャジンが微かな茎を伸ばし、 青紫色のベルが儚げに、冷たさを増した風に揺れています。 2017年10月09日 高野倉さかえ