12月。 陽が暮れると突然空気がキーンと冷たくなる、フィレンツェの冬の始まり。 寒くならないうちに慌てて家に帰ると、必ず聞こえてくる音楽があります。 石積みの街に響き渡る、やわらかいフルートの音色。 この時間になると必ず近くの広場にやってくる、音楽パフォーマーです。 流れ来る曲は、大好きな映画音楽「アメリ」。 ディズニー映画の「美女と野獣」、アンドレア・ボッチェッリの「Con te partirò」 そして最後はゆったりと心を包み込むような「ハレルヤ」で締めくくります。 曲が終わる度に聞こえるのは、観客の拍手と「ブラボー!」。 このアーティストの姿を、実際にこの目で見たことはないけれど、 「ブラボー!」と言われているから、男の人なんだな。 窓を閉めていてもこんなに楽しめるのだから、目の前で聞いたらかなりの迫力なのかな。 そんなことを考えながら、曲に酔いしれます。 大きな夜空に、うっすらと雲が流れ行くようなそのメロディーは、 クリスマス・イルミネーションの煌めきと重なり合い、 毎晩、毎晩、素晴らしい宵の始まりを演出してくれます。 ここ数年、フィレンツェに戻るのはいつもこの時期。 借りるアパートも同じ場所。 でもこのフルートを聞くのは今回が初めてです。 「アメリの曲だね〜。」 キャンティ地方から遊びに来た友人も、窓辺でやはり同じく、このフルートの音色に酔いしれています。 朝から晩まで、なにもかもが芸術に包まれているこの街。 角を曲がるたびに、そこには彫刻があり、 空を見上げるたびに、そこには高くそびえ立つ教会の鐘があり、 ヴァイオリン奏者がいて、ギター弾きがいて、フルートのミュージシャンがいる。 磨り減った石畳の道も、 朽ち果てた大きな木製の扉も、 そして何百年も前から変わらない、馬をつなぐ為に設置された大きな鉄のリングたちも 日常の全てが絵画の様な風景で すべての瞬間が音楽とともに流れてゆく。 思えば、イタリア語の響きは随分メロディカルで、情熱的で、 そう、ちょっぴりオペラの雰囲気に似ている。 そんなことを考えていたある日、フィレンツェの劇場でオペラを見る機会に恵まれました。 演目はヴェルディの椿姫。 今回は衣装も演出も、かなりモダンな仕上がりです。 そして偶然訪れた劇場は、なんとその日が90年記念のお誕生日。 ヴァイオリン奏者がひとり舞台に上がり、 シンプルなそして美しい音色でハッピーバースデイを弾き始めると、 会場全員が歌い始めました。 「あぁ、イタリアだ。」 思いもよらないところで、ふと暖かい涙がこみ上げてきました。 そんな芸術の町から、心を込めて。 Buon Natale e un Meraviglioso Anno 2019. 皆様、今年も有り難うございました。 新しくやってくる皆様の毎日が、 星の煌めきのようなときめきと。 暖かな太陽のような幸せに包まれておりますように。 フィレンツェの街より、お祈り申し上げております。 2019年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。 2018年12月11日 高野倉さかえ