「山に住んでいるから。」 そんな理由だけではなく 買い出しに出る頻度が確実にそして大幅に低くなっている、今日この頃。 貯蔵した食材をいかに上手く、そして長く利用しようかと 今日も冷蔵庫さまと作戦会議が続きます。 そして思い出すのは、トスカーナに暮らしていた頃の ある日のお料理にまつわる出来事です。 「本当にこれだけでいいの? 縮むよ?」 フィレンツェから車で約40分。 そのちいさな田舎町には、町の中心にお肉屋さんが一軒あるのみ。 オリーブ畑に囲まれた静かな静かなその町では お魚は滅多に食べられないメニューのひとつでした。 それでも月1〜2回くらいは週末に 出店のトラックが新鮮なお魚を運んで 緩やかな田舎道をやって来ます。 その日のお魚トラックには 美味しそうな海老がわんさか乗っていました。 久し振りに見る、海老! 日本ではそれほど珍しくなかった魚介類も 海に面していないこの町では高級品です。 その大きさにガッツリと心を奪われ、思わず注文したものの 秤に乗せて出たお値段は想像を超えており もう少し減らそう、いや、その半分でも大丈夫かな?と かなり遠慮した量で我慢しそうとした私に お魚トラックのおじさんは、身を乗り出しながらこう言いました。 「悪いこと言わないからさぁ、絶対多めに買っておいた方がいいよ。」 熱く語るおじさんを前に、商売上手だなぁと感心しながらも 様々な夢を実現するため節約&貯蓄に励んでいた当時の私は キッパリとこう返したのでした。 「大丈夫大丈夫。日本人だからね。 イタリア人ほど量は食べられないからこれで十分だよ。」 微かな不安はあったものの お支払いを済ませて受け取った少しワイルドな包みは 想像以上にずっしりとしており なんだ、これなら本当に大丈夫そうだと安心して 足取りも軽やかに帰路につきました。 今夜は大きな海老の乗ったリングイーネ♫ 頭の中はもう既に海辺で見た魚介パスタのイメージでいっぱい。 少し早いですが、早速夕食の準備です。 オリーブオイルは地元産のエキストラバージン。 ニンニクは皮をむいて中心部分の臭みの強い芯を抜き取り 熱したオイルで香り付け。 ベースはRosso(トマトソース)にしたいけれど 生のトマトは苦手なのでトマトペーストを使います。 今日のハーブは何にしようかな。 イタリアンパセリだけを入れる人 バジルたっぷり派の人 西洋アサツキのチャイブを入れるご家庭もあり、迷います。 マッチやライターなしでは火がつかない年季の入ったコンロは 元気な火力でうっとりするようないい香りを醸し出し パスタ鍋の方もそろそろバッチリな時間です。 鼻歌まじりでウキウキクッキング。 そして…完成の瞬間を迎えた私は、そう、愕然としたのでした。 あぁ…やっぱり縮んだー! 皮を剥いたその海老は、想像を絶するサイズに大変身。 あれ?さっき買った海老はどこに行ったのだろう?と うっかり周囲を見回してしまったけれど あの大きな海老の姿はどこにもありませんでした。 パスタの上に乗せても、なんだか存在感がなく 頭の中のイメージとかけ離れたその見た目と味に、ちょっぴり呆然としていたところで あのお魚トラックおじさんの映像が脳裏をかすめました。 「本当にこれだけでいいの? 縮むよ?」 次回海老を買うときは気をつけようと、心に決めたある初夏の日の出来事でした。 忘れな草のこぼれ種が庭のあちこちで花開く静かな午後。 瞳を閉じればそこには 懐かしさに満ち溢れた、眩しいイタリアの陽射し。 今日の夕飯は、うん、パスタにしようかな。 Buon maggio a tutti. 皆さま、ステキな5月をお過ごしください。 2020年5月7日 若緑の眩しいアトリエより。 高野倉さかえ