日に日に緑を増してゆく連休後の箱根は 晴れ→気温上昇→冷風→大雨→晴れ→突然の雷雨→気温低下の繰り返し。 着ている服たちも、日々目まぐるしく季節感を変えてゆき 七分袖にコットンカーディガン→半袖→ハイネックのヒートテックシャツにセーターと 初夏になったり、薪ストーブの真冬に逆戻りしたりの忙しい毎日です。 今更ですが、山の天気は安定とは程遠く、本当に激しく変化するものですね。 そんなある日。 食料庫の中身がいよいよ寂しくなり 下界の街へと買い出しに、山を降りました。 季節によって5度から10度以上の気温差がある下界の街並には もう半袖の人々が驚くほど大勢歩いています。 久し振りに立ち寄る、園芸店の店先。 鮮やかに咲き乱れる色とりどりの花たちは どれも山の上ではお目にかかれないものばかり。 あれもこれも綺麗で、我が庭にも是非と思うのですが 山の気温と湿気に耐えられるとも思えず、グッと我慢します。 そして花々の続くレーンを歩いていると ふと、やや場違いの青色の大きなタライが足元に現れました。 「…ん?これは?」 見ると、説明書きのポップが添えてあります。 「この季節、ご自宅に砂遊び場は如何ですか?」 なるほど。 細やかな砂が波々と注がれているそのタライは、どうやら砂場の見本のようです。 そして想像します。 我が家のあのワイルドな庭に、砂場のある風景を。 まずは最近よく庭のあちこちに小穴を製作してゆくタヌキが 恐る恐る近づきます。 サラサラの砂を少しかき回し その掘り甲斐のなさに、すぐに飽きて去ってしまうでしょう。 そしていよいよ、ご近所のノラ猫ちゃん達が通り始めます。 ちいさな鼻をクンクンさせて、まずは香りの物色。 そして… 砂遊び場は間違いなく、あっという間にトイレと認定されてしまうでしょう。 ご近所中のノラちゃん達がこぞってその場所に訪れる姿を思い浮かべ クスッと一人笑いです。 そんな光景を想像しながら楽しむ、下界の園芸店の片隅。 その日の街の気温は、25度を超える暖かさで 燦々と降り注ぐ太陽を浴びたそのタライの砂は、明るく眩しく輝き まるで夏休みの砂浜のような色をしています。 裸足で歩いた、あの砂の感触。 手に取った砂のかたまりが、サラサラと微かな音を立てて 指の間をすり抜けてゆく、あの感覚。 そしてお陽さまの輝く、海の香り。 そんな事を思い出してしまうくらい 目の前にある青いタライの砂は、日向にあるというだけでそれはそれは魅力的で 思わずしゃがんで、手を伸ばしました。 砂の中に手のひらを飛び込ませると そこには、懐かしいあたたかさが満ち満ちていました。 まるで砂の中にお陽さまが微笑んでいるかのように サラサラでポカポカで ものすごく奥の方は、ほんの少しだけ冷んやり。 「ウチには持って行けないけれど... あぁ...あともう少し、もう少しだけこの砂の感触を...」 冷静に見れば、それはただの、プラスティック製タライに入った砂なのに いつまでもずっと触っていたくなるほどの、まさに癒しの境地です。 なんとも言えない心地良い感触に、感動しました。 気がつくと そこには、うっかりご家庭用砂場見本のトリコになっている大の大人の私の姿が。 園芸店の片隅の、青いプラスチックタライのちいさな砂場。 その威力たるや恐るべし!です。 下界の街でのひと時を終え 果てしないカーブの続く山道を登りつめて自宅へ戻ると 緑の片隅には 零れ種の青い花々が笑っていました。 2021年5月11日 小雨に潤う空に緑が香る、アトリエの窓より。 高野倉さかえ