山の空気が少しずつ、少しずつ冷たさを含み始め 料理用に育てている庭のバジリコの葉が 段々とちいさくそして寂しくなってくる季節。 9月。 秋の入口に立つ私は 今日も絵の具にまみれた毎日です。 美しい緑を空に向かって青々と茂らせていたシロシデの大木からは 風が吹く度、淡く黄色を含んだ葉たちが降りて来て カサッ、カサカサッと音を立てる大地が 季節の移り変わりを感じさせてくれます。 山に寒さが訪れるのは早いもので アトリエでは既に朝晩の気温がグ〜ンと下がり始め 「試運転、試運転♫」 と言い訳をしては、早くもストーブをON。 冷え切った足を温めつつ 本格的な衣替えもいよいよ始まっています。 そんな季節。9月。 思えばもう随分と、イタリアには帰れていません。 そして思い出すのは、人混みを避けるように楽しむ 季節外れの海への、ちょっぴり遅いサマーホリデイ。 その道々で見かける、収穫の準備を迎えた大地の景色。 トスカーナのこの季節は、豊かに実った葡萄の収穫一色でした。 一方、ここ日本でのこの時期は 陽光に泳ぐ稲穂の姿がとても印象的です。 太陽を浴びて豊かに実り、重たくなった稲が描く やわらかな曲線の美しさ。 山を降り、水田の多い場所を通る度 風に揺れる金色の稲穂に心を奪われています。 晴れた夜には、月の光が静かに流れ うっかり見忘れてしまった今年の中秋の名月を悔やみます。 そういえば、最後にゆっくりお月見をしたのはいつのことだったかしら? 秋分の日の祝日。 そんなとりとめのない事をつい考えてしまうのも 秋の夜長への扉を、今年も開いたせいでしょうか? 思えばちいさい頃から、よく空を見上げる子供でした。 晴れた日も、そうでない日も モクモク雲が空を覆う夜も、月や星の気持ち良く輝く夜も。 なぜだかわからないけれど、空の動きを見るのが大好きでした。 トスカーナの田舎町から見る空は それはそれは、大きくて 夏に飛び交う大粒の蛍は まるで天の川と同化するかのように輝き 冬の冷たい月は 石積みの街角をドラマティックに浮かび上がらせます。 時間を忘れたような国の 時間を忘れたようなあの大空の下 今年も葡萄の収穫に、みんな大忙しでいるのかな。 空を見ながら、思い描く友人たちの顔。 思い出す、トスカーナの秋の香りと味覚。 懐かしのあの国を想う穏やかな時。 心に浮かぶ想い出の数々が、絵筆を走らせています。 山のアトリエの窓辺では チェリーセージの挿し穂が、今日もちいさなガラス瓶に入って並んでいます。 ある日、庭で伸びすぎた部分を刈り取った際に 元気な葉のついた部分を、しばらく水に入れて飾っていたら あれよあれよという間に根を伸ばして、新たなチェリーセージの株になりました。 本当にただただ、窓辺の瓶にさしているだけなのに それは毎日スクスク、そしてスクスクと 驚くほどの速さで 細くて白い根の数々を水中に伸ばしてゆきます。 それからというもの、窓辺にはいつもガラス瓶。 挿し穂が成長してゆく姿を見るのが楽しみで 切り花の花瓶は必ず、水の中がよく見える透明なものにしています。 季節が冷たい空気を運び始めると 屋外のデッキ下は紫陽花とクチナシ、スタージャスミンの挿し木ファクトリーに。 そしてアトリエの窓辺は、セージの緑の挿し穂でいっぱいに。 みな来年の春を心待ちにしながら育っています。 雨の合間を縫い、空に向かって深呼吸。 大好きな金木犀の秋は、もうすぐそこです。 2022年9月23日 しっとりとした大気が日に日にひんやり感を増す...アトリエの窓より。 高野倉さかえ