突然ですが、マイナンバーカードを作りました。 ようやくです。 出来立てホヤホヤのカードはマイクロチップ入りで美しく スマホからできるという申請の手軽さに驚き そして何より、出来上がりまでの日数の少なさにも感動しました。 証明写真の自分の姿にため息が出た事を除いては、まずまず満足な仕上がりです。 そして思い出す、イタリアのあのカード。 何もかもがのんびりゆったり、大らかなあの国イタリアで 唯一、素早く手元に届いたのが 「コーディチェ・フィスカーレ(Codice Fiscale)」という イタリア版マイナンバーカードです。 それはまだ、日本にはマイナンバーなど全くなかった時代。 私が国立アカデミア美術学校の学生証を手にする少し前の イタリア暮らしが始まって間もない頃のお話です。 「僕は自分のナンバーを暗記してるから いちいち確かめないで書けて便利なんだ〜。」 得意げにそう言った地元フィレンツェのある友人は かなり年季の入ったカードをお財布から出すと、こう言いました。 どれくらい年季が入っていたのかというと プラスチック製のカードがここまでボロボロになるのか!と驚くほど。 角は折れ、エンボス加工されていたナンバーも掠れてちいさな穴が開き もはやなんだかよくわかりません。 お財布の中で相当擦れてきたのでしょう。 運転免許証もまだ三つ折りの紙製だった当時は まるでティッシュのように柔らかくなった免許をよく見ましたが まさかプラスチック製のカードでこれほどの状態になるとは。 「合ってるかどうかちょっとチェックしてみてくれる?」 確かに、彼の唱えた番号はカードと同じ。暗記力はバッチリでした。 「ところでさかえは自分の持ってるの?」 「...え?」 素朴な質問に言葉を失います。 それはイタリアに到着して、まだ1〜2ヶ月ほどの頃だったでしょうか。 滞在許可証などの申請に追われていて そこまで全く考えが回りませんでした。 「そもそも、単なる外国人留学生の私に、それは必要なのだろうか…???」 素朴な疑問が、頭の中をグルグルと回ります。 思えば留学前、各種手続きに通った日本のイタリア大使館でも コーディチェ・フィスカーレについては案内がなかったような気がします。 そして何より、この申請には一体どのくらいの時間と労力を要するのだろう...? 滞在許可証の申請にかかった日々を思い出し、少し背筋が寒くなりました。 当時のイタリアは 何もかもが本当に信じられないほどゆっくりでした。 デジタル化が進んだ今となっては、そのイタリアらしさも激減しているとは思うのですが すべてが手作業で紙媒体だったその時代 滞在許可証という、外国人の私に最も重要な書類ですら 受け取るまでには長い長い苦難の道のりがあった事を覚えています。 当時、滞在許可証の申請は中央警察署で午前中のみ。 受付場所の列は、早朝から建物の周りをぐるっと回るほど長く 申請書を無事提出できるどころか 窓口にすら辿り着けないまま時間切れであっさり追い出される日々。 ようやく窓口に辿り着いても、足りない書類があるとのご指摘でまたふりだしに戻ったり その日に当たった係員のご機嫌が妙に悪くて 今までと違う追加書類を指示されたりと、理不尽な事すら多々あり それは間違いなく、外国人の私が異国で最初に経験した大きな試練でした。 自分が今までいかに便利な国で生まれ育って来たのかを 初めて思い知ったのはこの時です。 必要書類を提出するというだけの、ごく簡単な事なのに これだけの大騒ぎになっているとは! そしてある日、ようやく陽気で親切な窓口スタッフに当たり 今まで言われてきた資料も何も必要なく申請を完了できたおめでたい日。 満面の笑みを浮かべる私を待ち受けていたのは、この言葉です。 「OK、受け取ったよ。でも許可証ができるまでにはまだ相当かかるからね。」 「えっ?! 相当ってどのくらい?」 それは、早くて半年ちょっと。 大抵の場合は10ヶ月以上はかかるとの事。 1年間有効の許可証の場合、手にしてすぐ翌月にはまた更新手続きという 面倒な書類申請ループに入ってしまいます。 「でもこの申請済みの半券さえ持ってれば全然大丈夫だから。なくさないでね。」 係員さんの笑顔に癒され、魂が抜けたような顔で帰宅したのを覚えています。 そしてこの半券をなくしてしまった事件のことは、また次の機会に書くことといたしましょう。 そんな大変な思いをして滞在許可証申請をコンプリートしたはずなのに なんと、まだどこかの窓口に並ばないといけないとは! 仕方ない...早いうちに行って来なければ...。 しかし「コーディチェ・フィスカーレ」の申請オフィスは 滞在許可証の窓口とはまるで別世界でした。 閑散としたオフィス、そして優しい応対でスムーズに申請完了。 そしてなんとその当日に、番号が出されました。 「プラスチック製のカードは数日で届きます。」 正直、その言葉を全く信じてはいませんでしたが そのカードは本当に3日で手元に届きました。 あまりの早さに、封筒から出てきたカードを握りしめ しばらくフリーズしてしまったほどです。 「税金に関わるもの、特に国がお金を集める手段になるものは早いんだよ。」 友人たちは皆そう言っていました。 「あ、でも過剰に払った分の税金はなっかなか返ってこないけどね。 まぁ世の中ってそういうものさ。」 なるほど。 確かに今思い返すと、過剰支払い分の返還は忘れた頃にやって来ました。 しかもそれはなぜだかいつも、夏休み真っ只中。 バカンスを終えて家に戻ると 届いていた小切手の短い換金期間が終了していたことすらありました。 そして時が過ぎ 白地に緑色のナンバーが刻印されていたコーディチェ・フィスカーレのカードも 当時まだ紙製だった健康保険証と合体して マイクロチップ入りカードとなりデザインも一新。 まさに今、日本でも浸透し始めたマイナンバーカードのようです。 懐かしいな…。 祖国のマイナンバーカードを手にした秋の日。 イタリア初期を思い出します。 波瀾万丈だった日々すらも愛おしく思えるのは 便利で平和な祖国に戻って来たからでしょうか? 2022年10月22日 オリオン座流星群が近づく、秋のアトリエより。 高野倉さかえ