2023年。ウサギ年。 新しい年。 新しい季節。 そして新しい...音? 「パチッ」 最近、アトリエで仕事をしていると どこからか、今まで聞いたことのない、微かな音が聞こえてきます。 それは幾つか続く時もあれば、しばらく鳴らない事もあり 規則性の全くない、何かがランダムに弾けて割れるような、ちいさな音です。 「パチッ」 空気が乾燥して、家の木材が割れる音だろうか? 最初にその音を聞いた時には、一瞬だけそう思いました。 アトリエのあるこの建物は、角材を組み上げて作ったいわゆる角ログのログハウス。 木が乾燥していく段階で時々「パキッ」というような音がしますが これも数年が経過しログの木が落ち着いた時点でなくなり、今ではほとんど聞こえません。 しかも今回のこの音は、それとは全く違ったタイプの もっともっと微かな、何かが弾ける音なのです。 「プチッ」 しばらくスルーしてみたものの ある日の制作中、なんだか妙に気になりだして いよいよ、その音の正体を探りにかかりました。 耳を澄まし、抜き足差し足。音の出どころを調査する私。 まるで子供が探偵ごっこをするかのように 息を潜め、少しずつ音の根源へと近づいてゆきます。 一歩...そしてまた一歩。少しずつ、ほんの少しずつと音に近づき ついに辿り着いた先は...南側の窓辺に設置された大きな作業台の片隅です。 絵の具箱や絵筆が雑然と並ぶその付近。 そこには、茶封筒が幾つか並んでおりました。 「パチッ」 間違いありません。どうやら音はそこからやって来ます。 それはオフィスなどによくある、極々普通の茶封筒たち。 ですが、中身は手紙でも書類でもありません。 何が入っているかというと... この冬初めて採取した、ビオラのタネたちが入っているのです。 ビオラは、花が咲き終わった後、かなり良い確率でタネをつけます。 萎れた花をそのまま放っておくと それはゆっくりと、緑のピーナッツのような球体になります。 そこに3つの微かな割れ目が見え始めたら収穫のタイミング。 大抵の場合、タネの収穫をする時には 乾燥が進み、タネを含んだ球体の色が緑から茶色に変化してからが良いと聞きます。 ですがビオラの場合、乾燥を待っているとあれよあれよという間に弾けてしまうので 少し早めに収穫して、茶封筒に保管しておりました。 まさかねぇとは思いながら、その茶封筒を見つめ、息を潜めて待つ私。 もしも窓の外から誰かが覗いていたら、きっと 「ん?一体何を...?」と怪しむことでしょう。 「...プチッ!」 自分の推理が正解だったと確信した瞬間、心が踊りました。 この茶封筒の中で、次の季節が元気に弾け出しているようです。 想像してみましょう。 コピー紙のような紙に、ゴマ粒が勢い良く当たる音を。そう、それです! 作品の制作中、それが聞こえてくるのです。 「パチッ!……プチッ!………ピチッ!!」 そして驚きはそれだけではありません。 その茶封筒付近、ようく目を凝らして見てみると... 「...あれ?」 周囲にゴマ粒が幾つか散らばっているではありませんか。 勿論、茶封筒の口は折ってあり そこから脱走できるものがいるとは考えてもみませんでした。 そこまで激しい弾け方をするとは、どれだけ元気なタネなのでしょう!! それからというもの 制作中に笑顔になることが多くなりました。 作品の細部に目を凝らしながら、集中して絵筆を滑らせている最中 そのちいさな、でもエネルギーいっぱいに弾けるタネたちの音を聞くと まるで大地から元気をいただけたような想いがします。 そしてふと、窓辺のビオラの花に目をやると なんと今日もまた緑の球体が膨らんできており、ほぼ毎日のようにタネを収穫する日々。 この緑の丸いものひとつから何十粒ものタネが弾けることを考えると、大豊作です。 「プチッ!」 この瞬間にも、新しいビオラのかけらが封筒の中で弾けています。 まだ見ぬ春を、待ちきれないかのように。 皆さま、本年もどうぞよろしくお願いいたします。 2023年1月15日 春の音のアトリエより。 高野倉さかえ