キーンと寒さが厳しくなるこの季節。 制作の合間には時折、山から海へと 暖を求めて車を走らせます。 水仙に覆われた丘を求めて訪れた海辺には 一面にゆらぐ甘い香りの中を、鳥たちが元気に行き交います。 美しい花々に夢中でカメラを向けている私の周りには、寒さに負けず水遊びをする子供たち。 笑顔いっぱいで散策するご家族。 そして、すぐ近くで何やら甲高いトーンの可愛い声がします。 「ヒッ♫ ピッピッ♫」 ふと顔をあげると、そこには山のアトリエでは見たこともない柄の鳥が この地方独特のアロエの花の頂上に、スッと背筋を伸ばして 細長いシッポを上下に振りながらこちらを見ています。 鮮やかなオレンジのお腹と白い帽子 紋付き袴のように白い模様の入った黒い羽... ジョウビタキです! 背景には青い海。 そよ風に乗って雲がゆったりと旅をしています。 それはまるで、季節がひとつ先を行っているような なんとも言えない、あぁ、穏やかな春の景色。 山のアトリエではビオラが雪をかぶっている中、海辺の町ではこんな風景が広がっているなんて! わかってはいるものの、毎回ちょっとした衝撃を受けます。 そんな伊豆の海辺。 海沿いの道を行くと、早咲きの桜にはメジロの大家族が 甘い蜜を求めて飛来しています。 濃いピンクの土肥桜は少し花びらが大きめで、茎が長めなせいか重みで花が下を向いていて メジロたちは皆、その蜜を上手に吸えるようにと枝の周りでクルンクルン。 華麗なアクロバットを披露しています。 ですがその機敏でエレガントな動きとは裏腹に そのクチバシは...桜の花粉で黄色くコナコナ!(笑) その何とも愛らしい姿に心を癒され、桜を見上げる度に思わず笑みが浮かんでしまいます。 そんな2月。 山のアトリエの窓の外にも、毎日野鳥たちが訪れます。 老朽化が進み今回新築をしたちいさな木製巣箱にも、既に内覧をされるお客様が数羽。 入口付近の雰囲気と質感を、コンコンとクチバシで叩きながら念入りにチェック。 そして中をキョロキョロ覗き込んだ後には「コットン!」と音を立てて巣箱に入り、床板部分もチェック。 ゆっくり内覧を楽しんだ後に、空へと帰って行きます。 この巣箱。いつもヤマガラとシジュウカラの間でバトルが繰り広げられていますが 今年の春はどちらが先にご入居を決められるかな? そして今年は、何羽のnew born babies が旅立って行くのでしょう。 楽しみです。 そして空からは、軽やかな粉雪が舞い まるで「まだ春を夢見るのは早いよ」と言っているかのように アトリエ屋根を白銀に染めてゆきます。 雪が運ぶ静けさが良いのか 空から雪が舞い降りる日は、制作がとても捗ります。 冬用の重装備、足にはダブル靴下、手には3本指出しグローブをして 窓の向こうの白い世界を見つめては、筆をそしてペンを走らせ 気がつくと、思いもよらない程の時間が過ぎており、目を丸くします。 この不思議な手袋、釣り人仕様とだけあって、生地は薄いけれど保温性は抜群。 そして何より手を使いやすい。なかなかの優れものです。 「そういえば、イタリアにいた頃は片方だけ袖のない変わった服もあったな...」 指出し手袋をした自分の手を見つめながら、ふと思い出したその服は 右側は指が隠れるほどの超長袖、左側は肩からパックリ袖なしという、不思議なデザインシャツでした。 それを着て歩く度に「お!今日は袖を半分忘れてきたな〜。」と皆様にからかわれ パン屋さんに行っても、いつものカフェに寄っても妙に話が弾んで 何だかその日は一日中、周囲の人々が笑顔だった事を覚えています。 吐く息が白くなるこの季節。 空を見上げると、そこには再び雪の気配。 遠い空をゆく春のかけらは、まだまだ山には到着しない様子です。 2024年2月5日 静かな白に包まれたアトリエより。 高野倉さかえ