八重咲きのガーデニア、西洋クチナシの真白な花が咲きました。今年最初の一花です。 雫に緑が潤う季節、この花が八重の花びらを開き始めると ワイルドなこの庭に、澄んだ美しい香りがふんわりと流れます。 手入れの「て」の字もないこの状態でも年々大きく元気に育ち そして完璧な白の花を次々と開いてゆくこの八重咲きのクチナシ。 今年はさらに大きく、脇の小径を遮るように立派に育ちました。 一番花を花瓶に入れてアトリエに飾ると、その芳香は一瞬にして広がり やわらかくあまい空気が仕事場を染めてゆくようでうっとりします。 そんな山の7月。 夏になるとあちこちで 驚くほど大輪の、野生の百合が咲き乱れます。 しかしこの山百合。毎年咲く場所が全く違う。 数年前、我が家の入口を飾るように偶然咲いた山百合の株は この夏もうどこにもありません。 一方、昨年は、庭の中央に突然新しい花が出現して私たちを驚かせましたが その株も今年はどこかに旅立って行ったようです。 一体どうやってやって来たのか、球根など全くなかったはずの場所に突如現れたり消えたり それはまるで、私たちの見ていない間に歩いて移動していくような動きっぷりです。 なので毎年、今年はどこに出現しどこに動いて行くのかなと、少しワクワクしながら新たな花を探します。 動く百合の理由はごく単純で、イノシシが美味しく食してしまうからという事らしいのですが 確かに彼らが多く訪れる年は、大きな株も根こそぎキレイにやられてしまいます。 なので道路脇に見かける野生のものも 動物が球根を掘り起こしやすい位置には群生していない事が多くて 岩場の間だったり、斜面の少し高い位置だったり イノシシが食べにくい場所にあるなぁと、その理由を聞いてから思いました。 そういえば我が家の庭にも、イノシシが多く訪れた季節が過去に何度かあったので 入口に美しく咲いていた株も、きっと夕ご飯にされてしまったのでしょう。 そうとは分かっていても、想像の大きく膨らむこのアトリエでは あちこち気楽に旅をしながら移動していく百合の花の姿が、どうしても脳裏をよぎってしまうのです。 移動すると言えば、ひとつ、懐かしい想い出があります。 それはまだイタリアに住んでいたある夏の事。 ひょんなことから、近隣国のギリシャでひと夏を過ごす事となりました。 そこである晩、地元の友人に案内されて行ったレストランで、なんとも楽しい光景に出逢ったのです。 そこは地元民も多く集まる人気の店と聞いていたのですが 到着すると店内はガラガラ。 お客さんどころか、テーブルすら置いていないガラんとした室内です。 あれ?まさかまだ早すぎるのかな?と思っている私をよそに ギリシャ人の友人は外の方へとどんどん歩いて行ってしまう。 そこで目にしたものは… 大きな空の下、波打ち際に並ぶ数々のディナーテーブルたちだったのです。 サマータイムで遅めの夕焼け空が星空へと変わる頃 キャンドルの灯りのもとでその夕食は始まりました。 運ばれて来る様々なギリシャ料理を、皆で笑いながらのんびり食べていると 足元の砂浜に潮がゆっくりと満ちて来て、ひんやりとした海の水がサンダル履きの足を心地良く濡らします。 波が足首の上あたりまでやって来ると、友達が一言。 「そろそろかな。」 一斉に立ち上がった彼らは、まだディナーのお皿が乗ったままのテーブルをよいしょっと持ち上げて 少しだけ陸側の、波がまだ届いていない方へと、エッホエッホと息を合わせて運んで行きます。 そして再び席につくと、まるで何事もなかったかのように 食事を口に運びながらさっきの続きの話題で盛り上がるのですが しばらくするとまた、同じセリフが会話を遮ります。 「そろそろだよね?」 そして再び「せ〜の!」で大移動。 それはまるで、大きなヤドカリが砂浜を移動してゆくような感じです。 しかもジリジリ移動していくのは自分たちだけではなく、もちろん周囲のテーブルも皆同じ動きをしているので 少しずつ場所が変わって行く不思議なレストランの光景がなんだか妙におかしくて、生まれて初めての経験に随分と笑い転げました。 移動するのもいいけれど、寄せては返す波が足をやわらかく撫でる感じが私は大好きだと言うと その友人は言いました。 「ずっとこのまま足を海につけて食事を続けてもいいんだけど 段々浮いて来ちゃうんだよ…テーブルが。」 木製のテーブルが浮力でふわふわと動き出してしまい、このまま行くとワインが溢れてしまうとか。 なるほど。彼はそこまで波の中に残った経験があるのですね。(笑) 世界にはいろいろなちいさな楽しい瞬間がたくさんたくさん詰まっている。 ほっぺが筋肉痛になるほどに笑いながら、そう感じた真夏の宵でした。 想い出がふと心をよぎる、雨上がりの土曜日。 アトリエ窓の向こうでは、今朝、シジュウカラのヒナたちが巣箱から旅立ちました。 いつもあんなに騒いでいたので、窓を開けていたら声でわかるかな?と油断していたら いつの間にかあっさり静かに飛び去って行ってしまい、今回は彼らの初飛行を見られませんでした。残念! すっかり静かになった巣箱を前に、嬉しくてなんだかちょっぴり寂しい 胸の奥が少しキュッとする、7月の週末です。 ウグイスの美声の合間に、ヒグラシが涼しげな音を奏でる山の夏。 旅立ちそして移動の夏。 皆さま、お体には気をつけて、ステキな夏をお過ごしくださいませ。 Buona Estate a tutti! 2024年7月13日 野鳥たちの声も賑やかな...雨上がりのアトリエより。 高野倉さかえ