今、心の中にある、夏の想い出のかけらを胸に作品を描いています。 暑い暑い陽射しが大地を眩しく照らす色彩。 力強くそして鮮やかに開く花々。 乾いた土の田舎道をゴトゴトと、土埃をあげながら走る車。 夜が始まる頃に動く、一瞬のそよ風。 スクスクと育つ花々の香り。 そして…水面にポッカリと浮かんで聞く、微かなそして穏やかな水の音。 夏が来れば思い出す、想い出話第1弾の先月は、ギリシャにまつわるお話でしたが 今回はその第2弾。 トスカーナの夏のお話をしましょう。 その時代、トスカーナの田舎町に住んでいた私は 引越し魔ということもあり、様々な家に移り住みました。 海辺のちいさな町、のどかな田園風景に囲まれた村、歴史的建造物に囲まれた街や丘の上の静かな場所... そして引っ越しをする度に、雰囲気でしょうか 作品の中に新しい色彩が加わると、コレクターの皆さまによくコメントをいただきました。 自分では全く意識していないにも関わらず、住む場所が変わるだけで新しい色が増えるとは! 絵画作品とは、やはり自分の見てきた風景や感じて来た想いの一つ一つの積み重ね。 そしてそれらがいっぱい詰まった心の中から自然に生まれくるものなのだなと、つくづく思ったものでした。 そんなある夏のこと。 みつけた物件は、観光客が訪れるレジデンスの一部のアパートを 年契約の普通の賃貸として貸し出しているものでした。 フィレンツェから車で50分から1時間ほどの オリーブ畑や葡萄畑の中にぽっつりと佇むちいさな石積みの集落の中に、そのレジデンスはありました。 鉄道が近くに通っていない事ははもちろんですが 頼みの綱のバスでさえも朝1~2本と夕方に1本だけ、しかも学校がある時期のみの運行です。 当時まだ運転免許を持っていなかった私には、かなりの難関。 普通ならすぐに諦めて他を探すところです。 ですが、その物件には 他のどの便利な家も一瞬にしてかすんでしまうほどの、輝く魅力がひとつあったのです。 それは美しい緑に囲まれた、青空の下にポッカリと浮かぶプールです。 「本当はレジデンスに訪れるお客様用なのだけれど ここに住んでいる間はいつでも使っていいのよ。 ただ、お友達を呼ぶ時は最高2人まで。その時は必ず事前に連絡してね。」 特に泳ぎが上手いわけではないけれど この風景を目にした途端、心をガッツリと掴まれてしまいました。 インテリアも可愛いのに、場所が不便だからかお家賃も驚くほど安い。 よしこれだ!ここしかない!!ここにしよう!!!と、たちまち契約をする事に。 トスカーナの緑の中、ちいさなちいさな村の一角に まるで隠れるように建っているその建物。 レジデンスに訪れるのは、旅慣れた外国人ファミリーのお馴染みさんたちが多く そしてなぜかそのほとんどが北欧の人々でした。 秋冬はかなり静かな場所でしたが 賃貸に出ていた私のアパート以外の部分のレジデンスは 陽射しがほんの少しでも暖かくなると 淡い金髪で背のとても高い、静かな優しい笑みを浮かべた人々でたちまち賑わいます。 寒い地方に住む彼らのバカンスはイタリア人よりも早く始まるようで プールサイドには初夏の早い時期から人々が集まり始めますが 温められていない水温に体が慣れるまではいつも大変! 誰かがプールに足を入れる度に軽く悲鳴が上がり 周囲で日向ぼっこを楽しんでいる人々からたくさんの笑いが巻き起こります。 そのプール。 日中はもちろん、バカンスを楽しむお客様方でいつでも賑わっているのですが どうやら北欧の人々の夕食は、夕方かなり早い時間から始まるようで まだ燦々と陽が降り注ぐ5時頃には、人っこ一人いない貸切状態になるのです。 なので私にとっては、その夕方からがゴールデンタイム! 日中頑張って絵の制作仕事を進めたご褒美。青空のプールを贅沢に独り占めです。 とは言っても、自由自在に泳ぎまくる訳ではありません。 楽しみにしていたのはただひとつ。 プールの真ん中、へそ天になってプッカリと浮かび 大空を見つめながらただただ漂うのです。 遠くから聞こえる、北欧の言葉たちの不思議な音の数々。 夕食準備をする食器の音たちの合間に流れる楽しそうな笑い声。 それらの微かな音色たちを楽しみながら、プールの水面に浮かんで見る空。 風が流れると、ローズマリーやタイム、オレガノなどのハーブや夏の花々 そして太陽をいっぱい浴びてカラッカラに乾いた土のMIXのような トスカーナ独特ともいえる季節の香りが、水面を漂うこの謎の東洋人の元へとやって来ます。 それだけではありません。 「にゃ〜🎵」 近所の猫もやって来ます。(笑) 「ではこちらもそろそろゴハンにしましょうか」 プールを出てバスローブ姿で歩く私に、その猫はいつもついて来ます。 裸足の足元に時折、やわらかな猫っ毛がふわっと触れた時のあの心地良さ。 幸せを噛み締めるひとときです。 (以前のエッセイ「ヒツジとホタルのアトリエ」もご参考ください) そして… 長い長い急坂を降りた丘の下に位置していたこのプール。 行きは良い良い、帰り道は妙に長く厳しく感じたものでした。 一歩そして一歩、石畳の坂を登る度に髪の毛から落ちていた雫の跡も 振り返るとあっという間に乾いていきました。 そんな暑い暑いトスカーナの夏。 プールの水に濡れた体も家に到着するまでにはほぼほぼ乾燥済み。 セミがハリのある音を響かせて鳴き、驚くほど大きなカブトムシが飛び、夜空には大粒の蛍が舞う。 そんなトスカーナの片隅で送った季節。 ステキな夏の日々の想い出です。 「にゃにゃ〜ん🎵」 おやおや、箱根のアトリエ猫、グ〜フォさんも起きて来ました。 涼しいのでしょうか? それとも守られ感があるから? グ〜さんは最近よく、洗濯機の中によいしょっと飛び込み 入っている洗濯物たちをホリホリふみふみ。 そして寝床がお気に入りの形に仕上がると それはそれは満足そうな様子でガッツリとお昼寝に入ります。 そしてお昼寝の後は、そう、お風呂場での水遊び! バスタブの中に入っては、早くちょろちょろ水を出してとせがみます。 まるでプール遊びを楽しむ、夏休みの子供のようです。 2024年8月26日 紫陽花の巨大化が進む...ワイルドな庭のアトリエより。 高野倉さかえ